今日の落書き 6/3
雑だけど、描きたてのホヤホヤ。
なんだかよくわからないが、今日は自覚している以上に仕事上のストレスが溜まっていたようで、うるさい音楽をかけながら無心で描いたら、出来上がった結果がこれです。
絵は色々めちゃくちゃだが、私にとっては、カエルと言えばシロツメクサなんである。
私も小学校低学年の時、オタマジャクシを飼っていた。
土手で友人と遊んでいたら、水たまりでオタマジャクシを発見し嬉々として持ち帰ってた。
そして、カエルになってしばらくの間そのまま飼っていた。
私のカエルはアマガエルだったので小さい体と容姿の愛らしさにより、飼うには何の抵抗も無く、むしろ毎日虫取り網を手に生き餌を確保しに出かけていた。
一番楽だったのはシジミチョウであった。
バッタやコオロギよりも捕獲しやすく、薄紫色の小さな蝶で見た目が気持ち悪くないという意気地のない理由だったのだが...。
それにしても、別にカエルが好きな訳でもなかったし虫は苦手なほうだったのに、日が暮れかけると街灯の下に集まる虫を狙いに意気揚々と出かけて行った、あの熱心さは何だったのか自分でも不思議に思う。
しばらくそうやって飼っていたが、ある日親に諭されてオタマジャクシとして出会った場所に放した。
きっと私が居ないときに親も面倒を見ていてくれて色々負担があったのかもしれない。しかし、自分ひとりで一生懸命面倒を見ていたつもりだったので、手放すなんて考えられず最初は泣いて嫌がったような記憶がある。
意を決して土手に行き、飼育ケースの蓋を開けると、アマガエルは土手一面に咲いていたシロツメクサのなかをピョコピョコと飛び跳ねて行ってしまった。
お別れには納得はしていたものの、あっけなく消えてしまってやはり寂しかった。
毎年シロツメクサの咲く時期になると、あのカエルの事とうなだれる自分を懐かしく思い出す。
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さて、現在の我が家に滞在中していた、ちびカエルは3匹に増えた。
ネットで調べた通り、やはりカエルになりかけてくると途端に泳ぎが下手になってしまうようだ。
1匹はスイスイ泳ぐオタマジャクシに翻弄され、ひっくりかえって水中をジタバタしていたのを偶然見つけて、運良く救い出す事ができてほっとした。
意外と成長が早く、尻尾が短くなってくるとこまめに様子を見ないといけない。
私も近々もう解放してやれと言うのであろうが、それまで小学生達が上手くやってくれる事を祈るばかりである。
今日の落書き5/30
仕事を終えて、子どもを迎えに行くと学校で飼育しているおたまじゃくしを持ち帰っていた。
しかし、飼育用プラケースにはよそのお子さんの名前。
我が子も手持ちのプラケースを持って行っており「取り替えっこしよう。」と提案されて承諾したのだそうだ。
飼育は授業とは関係なく有志で行っているそうで、ケースの持ち主が自分のケースを管理する絶対的な決まりがあるわけではないそうだが、取り替えっこされたのはこのケース内に何か問題でも?と訝しむほどに、水の濁りが気になる。
妙に白濁していて最初はよくわからなかったが、よくよく見るとどうやら半分くらいはご遺体...。ちょっとちょっと、いつからご遺体が??
ニッポンの一般家庭なら「こういうときの男手」なんだろうが、目下多忙を極める夫が深夜帰宅後、もしかしたらアルコール摂取している状態ですぐに対処してくれるとは思えない。
しかし、あまりいい環境には見えない訳で、たぶんすぐ掃除したほうが良い。この私が...。
ひとまず現実逃避する。
気が動転している事が筆致にも現れている。
人生というものは、こんな試練に立ち向かわなければいけない時があるのだなと身に沁みた。
そうして、ひたすらバカバカしい妄想をキープしつつ、無事オタマジャクシ達をクリーンな環境へ誘う事に成功。
済んでしまえばただひたすらオタマ達の様子を眺めて楽しんでいるのである。
この中に幼体カエルに変態していたのが一匹おり、ネット情報によれば「変態後はあまり泳げず時には溺れ死んでしまう。」という事を確認して、急遽ちびカエルには別室を用意し、近所でシロツメクサを一輪摘み取ってカエル部屋に置いた。
茎にたかっているアブラムシを生き餌として与えるためなのだが、アブラムシがびっしりしているのは非常に苦手である。
しかし、なんとかこなした。(思いっきり腰が引けていたけれども。)
ところで、このオタマジャクシはどんなカエルになるのか調べた所、どうやらヒキガエルのようだ。幼体は真っ黒で現在は5mmあるかないかの小さい姿、アブラムシに近づいていったものの、どちらもあまりにも小さくカエル君は食べたのか食べていないのかよくわからない。
せっかくだから絵のモデルになってほしいのだけど、小さすぎ黒すぎなため詳細がわからない...。
が、週明けにはいなくなっちゃう(はず)なので描いてみた。
「カエル君とシロツメクサさん(それとアブラムシ達)」
まだまだのほほんとした雰囲気だが、大きくなったらコオロギなどを食べるそうだ。
万が一また来訪してきたら、その時ずっとヒキガエルらしくなっていたら、一体どうしたらいいのかどうしようどうしよう...という想像をして途方に暮れている。
今日の落書き5/26・5/28・5/30
5/26
自由に描くのも楽しいが、ロジックに従って描くのもなかなか。
という訳で、いまどきだれも手描きで描かないだろうと思われる、幾何図形を描いた。
まず、わざわざ斜方眼を作るという時間の無駄遣いなのだが、
こういうの、イラストと組み合わせてみようかなあとぼんやり考えた。
5/28 有刺鉄線
同じく、イラストに加えるモチーフとして描いてみたもの。子ども時代は開発地に暮らしていたので工事中とか立ち入り禁止の土地が割と多く、よく見ていたはずなのに意外とディティールを知らないものだなと思った。
これは、チャボ君の背景に使ってみた。
ハッキリしていると痛そうな印象になってしまったので、わざとムラのある状態で。
この組み合わせには特に意味はなし(笑)
なんとなく、優しいイメージのものは世に溢れているので、自分ではちょっとニーズのなさそうな感じのものを作りたくなる。
色々、アレンジバージョン、暑苦しいベタ塗りに面白みを感じてしまう今日この頃です。
今日の落書き 5/24〜25
手の指をきちんと描きたくて頑張っても、どうしてもまんまるな指しか描けなくて、いつもお友達や先生に「この絵のこの人はお花持っているの?」と聞かれまくったのが幼稚園の時。
それから数十年経ても手指の描写は苦手なのである。
まあ、かといって得意なものも無いのですけれどね。
かなり失敗したコレ。
本当はもっとシンプルにしたかったのだけど、技量不足により少ない線で手を表現できず、書き込む事でなんとかそれらしくして自分の心を慰めた。
以前だったら、もうここで不貞腐れて放ったらかしていた。
しかし「もっと描いたらどうなるのか?」という気分になり、思いつくまま描き込んでみた。
その結果がこちら。
彩色はデジタルで行った。
なんだか意味とか思想とか含まれていそうな思わせぶりな絵ヅラだが、この絵に何の意味も無い。長い時間をかけた落書きなのだ。
途中、ネズミが「謎の手型飛行物体」に乗っている風に見えるな。と思い、ストーリー性を持たせてみようかとも考えたが、やはり無理に意味付けすのは野暮だなとも思い、このようなものになった。
さて話は変わって、先週親類のおばあさまが無くなってしまった。
かなりのご高齢だったため自然な事だと受け止める事が出来、気分がひどく落ち込むような事はなかったのだが、葬儀に参列したり、その関係で別日に集まりがあったりとバタバタと落ち着かない日々だった。
バタバタしつつnoteには下らない落書きをスマホで撮影・投稿していたが、ブログは下書きのままなかなか進んでいなかったのでだいぶ前の話になるが、
香典返しにかすみ草の種が入っていたのにとても驚いた。
何に驚いたかと言うと、その時は温泉卵さんの記事にかすみ草の事でコメントをして間もなかった為、これはすごい偶然だ!と思ったのと、香典返しに種を頂いたことも初めてだという事と、かすみ草の種を手にするのが初めてだったという事である。
「いつか腕一杯のかすみ草を飾りたい。」と小学生で夢見ていたというのに、「かすみ草を育てる」という発想が今まで全くなかった自分にも驚くが。
かすみ草、これからだと撒き時は初秋ころのもよう。
もの言わぬ植物には甘えがちで、正直ガーデニングはあまり得意ではないのだが是非栽培に挑戦してみようと思っている。
今日の落書き 5/21
子どもの頃、学校の飼育小屋でチャボのつがいが飼育され始めた。
そのうち雌鳥は卵を産み、それが孵って沢山のヒヨコが歩き回るようになった。その愛らしさに打ちのめされた私は毎日飼育小屋の様子を見に行っていた。
思いあまって、放課後に裏技を使って友達と飼育小屋に忍び込み、ヒヨコを両手に乗せて幸せを噛み締めた事数回。
母親の目の前でヒヨコをすくい取れば当然攻撃されるので、「母親が見てないスキにヒヨコを愛でて、気がつかないうちに戻す。」という早業を習得する。
エサを撒いて時間を稼ぐ事も思いつく。
私は基本的に学校生活には無関心・無気力な子どもだった。興味のある事では人並み以上だったので「やれば出来るのに。」と評されていたが、一生懸命になれるのは将来大して役に立たなさそうな、こういう事だった。
さぞかし大人達は頭が痛かったことだろう。そういうところは今でも残っているので、現在は自分の頭も痛い。
そんな事を考えつつ、以前訪れた動物園で悠々と振る舞ってたチャボの画像が残っていたので描いてみた。
あの頃は親の方には興味なかったが、よく観察するとチャボの雄鶏の羽は非常に美しい。
今ここにチャボはいないが、意識が羽毛に埋もれて行くような感覚があって、非常に楽しい作業だった。
つい脚輪も描いてしまったので、ちょっと遊んでみた。
今後また手を加えようと考え中。
さて、学校のチャボに話を戻すと、ヒナが成鳥まであと一歩という頃に夏休みに入ったため、私は観察をしばらく怠っていた。ある日、久しぶりに飼育小屋を覗いたら、なんと白色レグホンの成鳥がぎっしりと入っているという恐ろしい光景に変わっていて、チャボ一家の姿はなかった。
休み明けに担任に聞いてみたが、飼育小屋の事は把握していなかったようで謎は謎のまま。思いがけない、真夏のミステリーとなってしまったのだった。
今日の落書き 5/19
たぶんツワブキなんだが、「イラストレーションの世界で小動物が傘代わりに使う系の葉っぱ」を近所で見かけたので、モリモリ描いた。
これを
こうしたり
こうして、
そのデータを
こんな事が出来る。(※画像はイメージです)
暑苦しくていい感じだ。
SUZURIというECサービスを試してみた。
私はマグカップとiPhoneケースが欲しかったのだが、iPhoneケースは機種はiPhone5か5S対応なので、5Cの私は作っても自分では使えない。残念。
8U TOYS ( 8UTOYS ) ∞ SUZURI
オリジナルグッズをネットで作成・販売できるサービスは数多あり、
Tシャツは「Tシャツトリニティ」でアカウントを持っているため、こちらでは作成していない。
ClubTやUP SOLDは作成できるグッズが豊富なもよう。
デザインTシャツ通販[Tシャツ12万デザイン販売中]: クラブT
デザインTシャツとオリジナルグッズストア UPSOLD(アップソールド)
各サービスのデータ要件がそれぞれ違うのが面倒で、こちらは利用していない。
SUZURIは非常に手軽だが、他サービスと違ってアップロード後は位置やサイズの調整が出来ない。テンプレートの配布はあるが、スマホケースは長穴や切り欠きがあり、それがテンプレート上の何処にあたるのかは不明なので、「アップロード→イラストの位置が気に入らない→データ手直し→アップロード」を繰り返してしまった。これは不便に感じる。
海外発世界向けのひとつには「Zazzle」というサービスがある。
元々アカウントを持っていたので試してみたが、マグカップとiPhone5/5SのケースはSUZURIと同じデータで大丈夫のようだ。
しかも、色んな角度からのイメージが確認出来る。これは素晴らしい。
こんな掛け時計まである...。
(データはマグカップの使い回しです。)
8utoys | Zazzle.co.jp ストア (英語が適当すぎて恥ずかしい。)
Zazzleは作れる商品が豊富、デザインしやすい。
が、モノによっては国内向けサービスのほうが安価に購入できる。
iPhone他スマホケースの種類は豊富だけれど、4,500も出すかというと微妙である。
購入する場合はクレジットカード、PayPal、銀行振込が選べるが、
売り手側はPayPalのアカウントが必要。
試してみたはいいものの、いつか何かをベストデザインみたいのに選んでもらった事もあったものの、基本英語で何が何だか。絶賛放置状態である。
さてさて、マグカップについてだが、家のカップが不足してきた為自分で使用したくてイメージまでは作ったのである。でも1デザインだけというのも何なので、あともう1つか2つデザイン出来たら注文しようと思っている。
今日の落書き5/14〜5/16
大分間が空いてしまった。
この一週間なぜか眠気につきまとわれていて、ある程度の量の文章を置きたいこちらのほうには、なかなかアップできなかった。
ブログを描くどころか、ベッドに行く気力もなかったようで、朝ソファーで目覚めるという事を4日連続でやらかしていた。一応落書きは描いてはいたのでまとめて記録する。
5/14 ヤギ
5/15 ヤギ
ヤギが上手く描けなかったので、次の日もヤギ。
描きながら寝ている状態で紙にかじりついていた事は覚えているが、ソファで寝ていた経緯が全く記憶にない。
記憶をヤギに食べられた疑いがある。
5/16 トラ
トラは、地球上の動物の中で最も美しい動物のひとつだと思っている。
このトラとその前のヤギは動物園を訪れた時に自分で撮影した画像を元に描いた。
「記憶のあるうちにベッドに入って寝たい。」と、もっと簡単なものを描くつもりだったが、PC内の画像を漁っていたら運悪くトラに出くわしてしまった。
うっかりあの美しさに思いを馳せてしまい、ペンを走らせた。
つもりだったが、やっぱり眠くて、走るにはほど遠い千鳥足のような有様である。
[おまけ]
子どもに「どうすればキャラクターを描けるようになるか?」を尋ねられ、説明しながら書いたもの。
お馴染みの、某クラブMのリーダーM氏のイメージを用いた。
伏せ字にしているわりには、思い切り顔が出ているけれども。
選んだ理由は、単に手近にあった印刷物に彼が掲載されていたというだけの事である。
そういえば、M氏はなぜ黒いのだろうか...。
ひとまず、「アタリをとってゆっくり描く事」「必ず描けるので描けるまで諦めない」という事を教えた。
教えたものの、性格も関係するだろうが、大抵はせっかちなのが子どもであり、納得いく結果は今の所得られていないようだ。
言われた事が即できれば苦労は要らない。というのが子ども時代であるな。と再認識し、私はまたひとつ大人になった。